- 5月を越えて思うこと
新しい年度が始まって2か月が過ぎました。五月病といわれるくらいなので新しい環境の変化やそれに伴う気持ちの波についていくのがやっと…という2ヶ月です。私も最近新しいことを初めて四苦八苦しています。仮に健康な人でもここを乗り越えるのは大変でしょうから、相談に「もうしんどい」「辞めたいけれど辞めさせてもらえない」「学校に行きたくない」「会社に行こうとすると身体が動かない」という声が届くのも自然なことです。特に働くはじめ、高校から大学へ進学した、部署が異動した、転職した、絡子が変わったなどなど挙げたらキリがないほどの「変化」に順応することが求められます。前にこのブログでも「話す」ことは「離す」ことでもあると書きました。すべてと言わなくても1日でも休む、離れる、変えるなど自分の方からリスクと距離を取る必要がありそうです。気温も上がったり下がったりだし、気圧の変化も激しいし、クマも出るし…と人間が生きるのは大変だなって感じるこの頃です。なんでもメール相談にもぽつぽつとしんどい声が寄せられています。いつでも待っています。
- どうしたらいいかわからない
気づいたら新年度が初まって1ヶ月が過ぎようとしています。少し前に「なんでもメール相談@北海道」の入り口をホームページのトップに設けてみました。何件か相談してくれるひとが出てきました。それぞれみんな生きることがしんどい状況のようでした。守秘義務がありますからここには書くことはできません。でも共通して言えることは「どうしたらいいかわからない」状況になっています。行き詰まって状態でここにきてくれているんです。なんて検索してたどり着いてくれたんだろう。「生活できない」「死にたい」「どうしたらいいかわからない」「北海道」「相談」など色々かもしれません。ここにきてくれたらAIではなく、人がメッセージを読んで人がよく考えて返信します。文章は上手じゃないかもしれないけれど、返信します。どうしたらいいかわからない。一緒に考えたら何か見えるかもしれません。ゴールデンウィークも返信できます。
- 不安を話す、放す、離す
自分の中にある不安な気持ちや感情を誰かに話すことは、放すこと(縛りを解く)、離すこと(物理的に離れる)にもつながります。誰かに黙って聴いてもらうことで不思議と凝り固まった視野がやわらいでいったり、話している最中は不安な気持ちから遠ざかっているものです。不安な感情に圧倒されそうなときは誰かとつながり話してみることが大切なのかもしれません。そして否定しないで話を聴いてもらうこともすごく大切です。否定された経験が積み重なっている人は、自分が間違っているのかもしれないって思っていることが多いものです。いつのまにか自分が自分を常に責めています。だから否定せずに聴いてもらう時間が必要です。よかったらまずはなんでも相談メール@北海道にメールしてみてください。お待ちしています。
- フォームからなんでもメール相談@北海道の相談が送れるようになりました。
2月も最終日ですね。
大雪になってもおかしくない季節なのに、雨が降っています。さて、トップページの仕様が変わりました。どんな気持ちでも、どんな困りごとでも、言葉にならないことでもフォームからお話できます。メールを通じて返信します。誰にも話せないけれど、一人で抱えるのはしんどい…そんな気持ちや困りごとはなんでもメール相談@北海道にどうぞ送ってくださいね。 - 「~させてもらえない」に縛られる
相談の中で「~させてもらえない」という悩みを聴くことがあります。例えば「仕事を辞めさせてもらえない」「彼が友人と連絡を取らせてもらえない」「学校を休ませてもらえない」「親に病院にいかせてもらえない」などです。仕事を辞める自由、友人と連絡を取れす自由、学校を休める自由、医療行為を受けられる権利…本来、人には自分の意思で希望をかなえられる自由や権利があるはずです。それなのに自分ではない他者(例え親であっても)に不自由にさせられたり、権利を奪われたりしているのです。否定や支配に日常的にさらされると自分が間違えているかのような錯覚に陥って「~させてもらえない」と自分の自由や権利に対して他者の「許可」が必要なのだと思い込まされてしまいます。自由や権利は奪われる続けると意思や感情も一緒に奪われてしまいます。それが常態化すると「あなたはどうしたい?」と言われても「わからない」となってしまいます。少しずつでも自分を感じ取ったり、取り戻すには安全な環境で安心できる人とのつながりが必要なのだと思います。支配する側もされる側も人には(自分には)自由や権利があること、それは誰にも侵害できない(されない)領域であることを学んだり、認識する機会が無さ過ぎる社会なのです。だから容易にそれらを何らかの力で奪ってしまうのでしょう。これを書いている私も30代前半まで権利って考えたことがありませんでした。自分のことは自分の意思で決めていいし、人(こどもであっても)には自由や権利が備わっているのだということを忘れたくないものです。
